私が好きなこの一本

クリス・ペプラー
 多方面にアンテナを張り巡らせ、映画愛も並々ならないクリス・ペプラーさんにとって、強く心に刻まれた名作のひとつが『ゴッドファーザー』だという。アカデミー作品賞も受賞した傑作だが、製作は40年も前。今なお輝きを失わない作品の魅力を、クリスさんは振り返り始めた。「『ゴッドファーザー』との出会いは'72年の公開当時だったと思いますが、それから何度観たか思い出せないくらい。映画好きの人だったら、みんな最低5回は観ているんじゃないですか(笑)? それくらい何度でも観たくなる作品です。テレビで放映されているのをたまたま途中から観ても没入できる。観るごとに新しい何かを発見できるし、映像、ストーリー、音楽のどれをとっても、作品の世界を濃密に表現していると感じられるのです」

 そのストーリーについて、血で血を争うマフィアの抗争劇よりも、もっと大事な核心があるのだと、クリスさんは力説する。 「たしかにマフィアの世界を描いていますが、テーマをひとつ挙げるなら、家族の絆でしょう。監督のコッポラも、当時、赤ん坊だったソフィアまで出演させるなど、作品のなかに自分の家族を総動員していますし……(笑)。マーティン・スコセッシもそうですが、イタリア系の人は家族にこだわりますよね。イタリア人による、イタリアの家族の物語。その家業が、たまたまマフィアだったわけです。長男はケンカ好きで、次男がややダメ男、末っ子は優等生という個性の配分もうまく、家族の葛藤が綴られる。イメージだけで観ると、逆にバイオレンス描写が少なくて驚くかもしれません」

 

 家族の絆や葛藤は、一度観ればビビッドに伝わってくる。しかし、何度も観ていくと、クリスさんはある描写に引きつけられるようになった。 「結婚式はもちろん、何かを相談するときも、つねにみんな食べている(笑)。どんな映画も、食事のシーンは“しずる感”を与えますが、とくに『ゴッドファーザー』はその印象が強いですね。(三男の)マイケルがレストランで殺しに手を染めるシーンも、その直前まで料理をおいしそうに食べています。(父の)ドンが命を狙われたときも食材を手にしていたりと、生と死に“食”が結びついている。そのおもしろさは、大人になって何度か観るうちに理解していきました。だから観直すときは、こちらも料理を用意します。飲み物は、絶対に赤のイタリアンワインですね(笑)。こうした楽しみ方も本作の大きな魅力なのです」

 キャラクターや俳優では、やはり核となるふたりの印象が強いと言う。
「みな個性的なキャラクターですが、俳優ではアル・パチーノの印象が強烈です。彼が演じるマイケルは、カタギとしての将来が約束されながら、やがてファミリービジネスを継ぐ決意をする。その悲壮感が胸にしみます。家業に加わった後のマイケルは帽子を被りますが、あれは“コッポラ帽”と呼ばれているそうですね。顔を覆うのと同時に、危険な運命に足を踏み入れる象徴でしょう。ドン役には、ローレンス・オリヴィエ、バート・ランカスター、フランク・シナトラらが候補に上がったそうですが、彼らを押しのけたマーロン・ブランドの存在感は半端じゃなかった。セリフも覚えてこなくて、現場は大変だったそうで、そのあたりも大物らしいですね」

 

 もちろんブランドの豪快っぷりを名演に変えたのは、フランシス・フォード・コッポラ監督の手腕であり、彼のこだわりの演出にクリスさんは芳醇な味わいを感じたようだ。
「僕はロングショットでじっくり観るタイプの映画が好きなので、『ゴッドファーザー』のゆったりしたカメラワークが心地いいですね。複数の殺害シーンをカットバックの繰り返しで絡めるなど、現在は多用されている手法も、コッポラは本作で先取りしています。'72年の映画ですが、舞台は50年代のNYということで、絵画のようなセピア調の画面も美しい。NYといえば、コッポラがこの映画にNYの独特なイタリア系の文化を散りばめたことで、“イタリアン”のアイコンが作られた気がしますね。バイオレンスの演出はもちろん、“描く文化”にしても、スコセッシたちにずいぶん影響を与えたのではないでしょうか」
『ゴッドファーザー』は'74年の『PartⅡ』、'90年の『PartⅢ』と、全3作が製作された。時代とともに壮大になっていく家族の運命。それを追い求めるコッポラの執念に、クリスさんは思いを巡らせる。
「『PartⅡ』はロバート・デ・ニーロの才能を世に知らしめますし、16年のブランクを経た後の『PartⅢ』はラストシーンが心に染みます。結末に込められた、打ちひしがれた敗北感は、ギリシャ悲劇やシェイクスピアに通じますね。映像はリアルに徹しつつ、現実を超える寓話性や神話性を作品に帯びさせる。その最たる成功例が『ゴッドファーザー』だと、僕は確信しています」

Text●斉藤博昭 Photo●利根川幸秀

PROFILE
クリス・ペプラー
‘57年、東京都生まれ。FMラジオ局・ J-WAVEの開局と同時に抜擢され、「TOKIOHOT 100」のDJを24年にわたって務める。音楽通として知られ、TV・ラジオ番組のパーソナリティから数々の映画プレミアイベントのMC、俳優まで幅広く活躍中。
ゴッドファーザー PARTI <デジタル・リストア版>

(「パラマウント100周年記念厳選20作品DVD BOX(初回生産限定)」収録作品)

STORY
1947年。マフィアのドン、ビト・コルレオーネ(マーロン・ブランド)の屋敷内で末娘コニー(タリア・シャイア)の結婚式が行われた。コルレオーネ家の一族、「ファミリー」と呼ばれるマフィア組織の面々ら総勢数百人が会す壮大な挙式だった。邸内の、ブラインドが下された書斎で、タキシード姿の右胸に血のような真っ赤な薔薇をさしたビトが、訪ねてきた友人の嘆願に耳を傾けていた。自分をすがってくる者には愛と権力、知力で十分に報いた。それがドン、〈ゴッドファーザー(名付親)〉としての義務、尊厳であった…
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