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パラマウント・ピクチャーズ
「ツイン・ピークス」は、90年代初頭に、当時の全米3大ネットワークの一角であるABCが放映しました。番組のキャッチは「誰がローラ・パーマーを殺したか?」。カナダ国境に近い町ツイン・ピークスの浜辺で、美しい女子高生ローラ・パーマーの死体が、ビニールにラップされた状態で発見されます。この「世界一美しい死体の謎」を解き明かすこと、すなわち「ローラ・パーマー殺害事件の犯人捜し」を主題に据え、「田舎町のワケアリすぎる美男美女」「FBI捜査官による奇天烈な捜査方法」「チェリーパイやドーナツなどジャンクフードの魅力」といった人々の好奇心や食欲を刺激する要素を盛大に散らして、全米を熱狂の渦に巻き込んだ伝説的なカルトシリーズです。

クリエイターはデイヴィッド・リンチ。リンチ自身、テレビシリーズを手がけるのは初めてでしたが、怪作『ブルーベルベット』でオスカー監督賞にノミネートされ、続く『ワイルド・アット・ハート』ではカンヌ映画祭でパルムドールを受賞するという、超乗り乗りの時代の仕事です。面白くならないわけがない。もう1人のクリエイター、マーク・フロストとともに、リンチは「今までに誰も見たことがないテレビドラマ」を作り上げ、全米のテレビ業界にイノベーションをもたらしました。

ブームは、1年遅れで日本にもやって来ます。ちょうど、バブルの終わり頃だった日本でも「ツイン・ピークス」は熱狂的に迎えられました。WOWOWの開局記念番組として91年4月に放映が始まり、追ってアミューズビデオからビデオが発売されると、たちまち若者たちが飛びつき、レンタルビデオ店では「ツイン・ピークス」のパッケージから「貸出中」の札が取れることはありませんでした。
ブームは雪だるま式にエスカレートします。ロケ地を訪ねるツアーが催行され、1年間で300人を超える日本人が、シアトルとその近郊のスノコルミーを訪れ、現地で大歓迎を受けました。ローラ・パーマーの命日(2月23日)には、新宿駅の東口広場で追悼集会が行われ、3000人以上(推定)のファンが集まりました。缶コーヒーのジョージアは、ドラマの主人公クーパー捜査官のコーヒー好きにちなんで、自社の缶コーヒーのCMを「ツイン・ピークス」仕立てで連作にしました。CMを監督したのはもちろんデイヴィッド・リンチ。このCMは今でもYouTubeで見ることができますが、今思えば、クレイジーとしか言いようがありません。

92年5月に公開された映画『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』は、配給収入が8億円でしたから、およそ100万人ぐらいの動員を記録したことになります。

そして、92年「ツイン・ピークス」は流行語大賞の銅賞にも選ばれました。本当に凄いブームだったんです。ミニシアター大好きシネフィルから、普通のドラマ好き主婦まで老若男女がみんなで熱狂したという希有な作品でした。

「ツイン・ピークス」の本国アメリカにおける功績は、「テレビドラマの常識をぶっ壊した」ということ。放映したのはABCでしたが、暴力表現、性表現、奇形のキャラクターなど、3大ネットワークのプライムタイムにおける限界ギリギリの描写表現にチャレンジしています。だから「ツイン・ピークス」がなかったら、「X-ファイル」も「24 -TWENTY FOUR-」も「LOST」も生まれてこなかったと断言できます。面白いのは、「X-ファイル」のモルダー捜査官ことデヴィッド・ドゥカヴニーも、「24 -TWENTY FOUR-」のジャック・バウアーことキーファー・サザーランドも、実はしっかり「ツイン・ピークス」に出演しているんですよね。
駒井尚文(映画.com 編集長)
映像、美術、音楽の三方向に、デイヴィッド・リンチほどマルチな才能をみせ、そのすべてのジャンルにおいて評価を得ている存在は稀有である。
俳優業も加えると、目=映像、手=美術、耳=音楽、それに身体表現=俳優という四方向、全方位制覇のジ・アーティストなのだ。
ここまでくるともはや比肩しうる存在はどこにもいない。ここ10年ちかくは、多くの時間をひたすら<手>=美術中心に活動してきたため、個展、作品集出版のニュースがリンチ関連のトピックスであった。美術作品の点数の多さは尋常ではない。
『デュラン・デュラン:アンステージド』を観ると、リンチが身の回りのモノすべてを手作りでアートに即座に変換し、音楽に合わせて遊べる魔術師だとわかる。
子供のように嬉々として、アイデアと戯れることができるというのがリンチの主たる性格なのだ。子供目線でみたとき、たいていのモノゴトは悪夢のかたちをとる。
これもまたリンチ・アートすべての性格である。

2013年、ナイン・インチ・ネイルズのミュージック・ビデオ「Came Back Haunted」の演出が、いま思うとリンチが映像の世界に復帰(Comeback)する予兆であった。めまい、立ち眩みが起こる過激なモノクロ映像は、出世作『イレイザーヘッド』から『インランド・エンパイア』までを数分に圧縮したかのような趣があり、そして、室内での爆雲の不吉な美はそうした圧縮を突き破っての新世界だった。なにかが起こる! なにかがカムバックする!
しかもホーンテッド! 
ということは、とりわけ忌まわしいかたちをとって!? このとき、まさかそれが「ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズ」となるとは当時だれも信じなかった。
3年後、SHOWTIMEにおいて「ツイン・ピークス」が新しく製作されるという情報を得るわけだが、クランクイン後の進行はみごとなほど秘匿され、2017年の放送、配信開始まで、その驚くべき内容が知られることはなかった。ドッペルゲンガー・テーマこそ、前回のラストを引きずっての主テーマだが、新シリーズ自体が、25年前の「ツイン・ピークス」のドッペルゲンガーとでもいうべき不穏に満ちた魅惑を繰り広げる。
リンチの想像力は堰を切らんばかり(前代未聞という言葉しか浮かばない<第8章>で、一度堰は決壊する)、前述の映像、美術、音楽、俳優の全方位の才能がすべて投入されていて、さらにモテ自慢(!)にもたっぷりと時間がさかれていた。
まさに<デイヴィッド・リンチ2017>と呼ぶべき大掛かりなプロジェクトの様相を呈したのである。エピソードのすべてをリンチ本人が演出という、恐るべきタフネス。
驚嘆したのは、カイル・マクラクラン他旧シリーズ出演者のみならず、ナオミ・ワッツほかの主演級の新たな出演者全員がキャリア最高といってもいい演技をみせていることなのである。よく言われるように、リンチ演出は俳優たちにとって魔術であるらしい。
タフということでいえば、ほぼ同時期にリンチは自身が出ずっぱりのドキュメンタリー『デヴィッド・リンチ:アートライフ』、そして、ハリー・ディーン・スタントンの遺作『ラッキー』にも出演。
空間だけではなく時間もいじり始めた「ツイン・ピークス」は、いかような解釈にもさらなる難攻不落を用意していて、片頭痛に襲われる。
ちなみに、『ラッキー』でリンチが演じたのは、愛する稀少種の陸亀(!)に逃げられた孤独な老人だったが、逃げ出した陸亀の気持ちもわからないでもない。

滝本誠 (映画評論家)
「ツイン・ピークス」オリジナル・シリーズはドラマとヴィジュアルに加えて、きわめて“音楽的”な作品だった。アンジェロ・バダラメンティ作の「ツイン・ピークスのテーマ」は1991年のグラミー賞“ベスト・ポップ・インストゥルメンタル”部門を受賞、劇中の歌姫ジュリー・クルーズは一躍スターとなった。
「ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズ」は、さらに音楽が重要な位置を占める作品となっている。

今回もオープニングには「ツイン・ピークスのテーマ」が使われているが、イントロにノイズ的なサウンド・デザインが加えられたニュー・ヴァージョン。
タイトルバックにも“赤いカーテンの部屋”が使われるなど、懐かしさと新しさを兼ね備えた“ツイン・ピークス像”が提示されている。
オリジナル・シリーズでは街道沿いのロードハウス(付近住民や長距離トラック運転手、バイカーなどが集まるバー兼食堂。ライヴ演奏も行われる)“バン・バン・バー”のレジデンス・シンガーとして出演するジュリー・クルーズが 「フォーリング」「イントゥ・ザ・ナイト」などを歌っていたが、新シリーズではエピソードごとに異なったアーティストが登場している。

ナイン・インチ・ネイルズやエディ・ヴェダー(パール・ジャム)など大物アーティストからオレゴン州ポートランド出身のエレクトロニック・ポップ・バンド:クロマティックス、10年来のデイヴィッド・リンチのお気に入りだというブルックリン出身のオ・ルヴォワール・シモーヌなどのライヴ・パフォーマンスは“新しい「ツイン・ピークス」”を感じさせる。
近年、自らがアーティストとして作品をリリース、また音楽フェス『フェスティバル・オブ・ディスラプション』のキュレーターを務めるなど、めっきり音楽づいているリンチならではの嗅覚に基づいてピックアップされた人選はスリルに満ちたものだ。
さらに『マルホランド・ドライブ』にも出演したレベッカ・デル・リオ、リンチの息子ライリーがギターを担当するトラブルなど、リンチの“身内”が登場するのも興味深い。

新しい音楽ばかりでなく、オリジナル・シリーズのファンだったら涙して喜ぶ懐かしの顔ぶれと楽曲もフィーチュアされている。
バイカー青年だったジェームズ・ハーリー(ジェームズ・マーシャル)がステージに上がり甘酸っぱい青春ポップ・ナンバー「ジャスト・ユー」を歌うシーン、ジュリー・クルーズがロードハウスのステージに戻って歌う「ザ・ワールド・スピンズ」、MCの紹介付きでオードリー(シェリリン・フェン)が踊る「オードリーのダンス」などは、いずれもオールド・ファンを涙させる光景だ。これだけ多彩な音楽が使われていると、アンジェロ・バダラメンティの影が薄くなってしまうのではないか?...と訝るファンもいるかも知れないが、心配はご無用。「ツイン・ピークスのテーマ」はもちろん、ツボを突いた要所で「ローラ・パーマーのテーマ」が使われているし、第11章では「ツイン・ピークス」史上屈指の名曲と呼び声の高い「ハートブレイキング」を書き下ろしている(劇中でピアノを弾いているのはバダラメンティではなく俳優のスモーキー・マイルズ)。新シリーズで新旧ファンに衝撃を与え、“神回”ともいわれる第8章で効果的に使われているのが20世紀を代表する作曲家クシシュトフ・ペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」である。リンチはこれまで『ワイルド・アット・ハート』『インランド・エンパイア』でペンデレツキの楽曲を使ってきたが、今シリーズでは“原爆”が重要な意味を持つことから、この曲が選ばれたと考えられる。

新シリーズのオリジナル・サウンドトラック盤CDは“スコア編”と“ポップ/ロック編”の2タイプが発売され、それぞれが異なったアングルから「ツイン・ピークス」の世界を音楽で彩っている。「ツイン・ピークス」は我々の目と耳、そして五感すべてを刺激する。

山﨑智之 (音楽ライター)